みんなの就職活動 法の解釈の方法

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法の解釈の方法についてです。
 【文理解釈】

成文法の解釈にあたっては、まず法律の文章がてがかりとなる。
規定をかたちづくっている文字を素直に、常識にしたがってあきらかにしていくこととなる。
このように法律の文言を文字や文章の意味に主眼をおき、
文理によって解釈するのが文理解釈である。

この場合、解釈にあたっての文理のとり方は健全な常識にしたがってなされるべきであり、「文理、文理」と字面だけで解釈してしまうと、杓子定規的な文理解釈になってしまうおそれがある。

背景にはかならず社会通念、条理がなければならない。
物語に、知恵者の一休を困らせようとして、ある人が一休がやってきて渡らずを得ない橋のたもとに「このはし渡るべからず」という立札を立てたという話がある。
一休はこの立札を一瞥した上でスタスタと橋を渡りきったので、かの者が一休にあの立札を読まなかったかと問うたところ、一休ははし(端)を渡るなというから私は真中を渡ってきたと答えたという。

臨機応変、相手が立札にはしと書いていた弱点を巧みについて危機をきりぬけた一休の知恵は面白いが、一休の読み方が文理解釈として合格であったとするには疑問があろう。
橋のたもとにたてられている立札に「このはし渡るべからず」と書いてあるのだから、ここでいうはしはやはり橋の意にとるのが条理にかなった解釈のしかたというものであろう。

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 【論理解釈】

法律の解釈というものはやっかいなものである。
法文の文字を常識にしたがって文理解釈するのが基本なのではあるが、ときには法律に使われる文字や用語が二つ以上の違った意味に使われることがある。
ある文字や用語がAにおいてある意味に使われているからといっても、B法においてその用語が、A法と同じ意味に使われているとは限らない。

こういう場合は文理解釈だけでは正しい解釈をうちだすことが難しくなる。
また法律の解釈はその法律全体の趣旨や、さらには全体としての法秩序との関連を考え、なさなければならないものである。

法律は一つの法律それ自体にしても、また、もっと大きく一国の法秩序全体としても、一つの論理的な体系をなしている。
したがって、ある法文のことば、用語の意味を確定する場合でも、その法文のことばだけにとらわれて解釈した結果、他の条文との間に矛盾があったり、他の法律の趣旨と衝突したりするような解釈となるのでは法の正しい解釈とはいえないことになる。

法律を解釈するにあたっては、どうしてもその法律の趣旨とか基本精神、さらには他の条文から、ひろく他の法律というように視野をひろくして論理を重んじ、いろいろな角度から論理的に矛盾しないように解釈することが必要である。

このような解釈の態度を論理解釈という。
実際、「文理」といっても法律の用語やことばは使われる法律や条文によってかならずしも統一されているわけではなく、一義的なものではない。
一つのことばが同じ法律の中においても規定されている箇所によって、違う意味に使われていることもしばしばである。

このようにその使われる法律や条文により相対的なものであり、かならずしも一義であるわけではない。
次にまた、すでに一言したごとく、法律の解釈はたとえ、文理にしたがってなしても、 一つの法律それ自体の中において矛盾が生ずるようでは困るし、他の法律との間に矛盾・衝突がおきるのでは当を得た解釈とはいえないだろう。

法律の解釈においては、文理解釈のみにたよることなく、その法律の趣旨・目的を考えるとともに、他の法律との関係から、ひろく一国の法秩序全体との調和をも考えて理論的になさなければならないのである。

【拡張解釈と縮小解釈】

拡張解釈、縮小解釈というのは論理解釈の一つの方法である。

拡張解釈というのは法律上の文字、ことばをそれが普通に用いられる意味よりも広げて 解釈することをいい、縮小解釈というのはこれとは反対に法律上の文字・用語を普通に使われる意味よりもせまく解釈することである。

例をあげておこう。

刑法175条はわいせつな文書、図書その他の物を頒布し、販売し、又は公然と陳列した者を処罰しているが、ここにいう「陳列」には映画の映写やショーの上演を含むものと解されている。

私たちの普通の用語例にしたがえば、映画を映写することやストリップショーの上演は陳列とはいえないであろうから、ここでは陳列ということばが拡張して解釈されていることになる。

また、同じく刑法261条の器物損壊罪の「損壊」は通常のことばの用語例よりもひろい意味に解され、物を物質的に毀損することだけでなく、その効用を失わせることを含むと解されている。
判例も飲食用の器物に放尿するのはその器物の損壊にあたるとしている。
これも拡張解釈の一例であろう。

縮小解釈にはどのような例があるか。

民法177条は不動産に関する物権の変動は登記をしなければ第三者に対抗することを得ないとしている。
第三者というのは普通は当事者に対することばであり、民法も上記の法文上ではこの第三者の範囲につき、なんらの制約を加えていない。

しかし、民法学の上では登記制度を不動産物権の取引の安全をはかる制度と考え、 登記を要求することが不適当と思われる場合には登記は不要としている。

実際、ある不動産の所有者がたまたま、その不動産を他人に占拠された場合、その不法占拠をなしている不法行為者に対して自己の権利を主張するのにも絶対に登記がなければならないとするのは妥当でない。
そのような場合はたとえ、その不動産所有者が不動産について登記をしていなくても、自己の所有権に基づいて、断固、不法占拠者に対して明渡を求めるなど適宜、権利の行使ができなければおかしい。

そこで、判例でも民法177条の第三者というのは不動産物権の得喪および変更の登記がないことを主張するについて正当な利益を有する第三者を指すと解している。
この見解は通説のとるところともなっており、こうして判例・通説では第三者の範囲を制限し、それにわくづけを行なっているのである。
これなどは縮小解釈の典型的な例といえよう。

 なお、上記拡張解釈は一般に刑罰法規においては、人権保護の観点からこれをみだりになすべきではないと考えられている。

【類推解釈と反対解釈】

これも論理解釈の方法の一つである。
類似している事項のうち、その一方についてのみ、規定があり、他の一方については規定がない場合に、規定の欠けている事項につき、上記の一方の規定をもち出してきてこれを類推することにより、同趣旨の解決を与えようとする解釈を類推解釈という。
立法者が規定を設けなかったのは規定している事項と同様に扱おうという趣旨であったと考えるわけである。

これに対し、ある事項につき、規定がなされていないということは規定のある事項とは反対に、これを消極的に扱う趣旨であるととらえ、規定のある場合とは反対の解釈を与えようとする解釈を反対解釈という。
よくあげられる例によれば、「車馬通行禁止」という場合に、この表示は牛の通行も禁止する趣旨であると解釈するのが類推解釈であり、人の通行は禁止されていないのだと解釈するのが反対解釈である。

民法734条本文は「直系血族又は三親等内の傍系血族の間では、婚姻をすることができない。」と規定しているが、これは一定の範囲の近親者間では道義上、もしくは優生学上の理由から婚姻を禁じようという趣旨によるものである。

それではいわゆるいとこ添いはこの近親婚の禁止にふれるのであろうか。
いとこは四親等の傍系血族であるが、これは上記の法文の直系血族でもなければ、三親等内の傍系血族でもないので、ひろい意味での近親者同士の婚姻ではあるものの、民法によればその婚姻は許される。
すなわち、いとこは四親等の傍系血族ということで、いとこ添いは民法734条本文の反対解釈の結果、許されることとなる。

また、民法733条1項は「女は、前婚の解消又は取消の日から6か月を経過した後でなければ、再婚をすることができない。」と規定し、再婚しようとする女性については待婚期間をおくことを命じている。
ねらいは前後両婚が接着してしまうと、子の父がだれであるかわからなくなり、混乱するからというところにある。
この待婚期間の規定は再婚しようとする男性については適用がない。
男性については何も積極的な規定がないが、民法は男性については待婚期間をおかない趣旨だと解すべきである。
男女の平等に反するなどといってもはじまるまい。
男性と女性との生理上の違いに基づく合理的な差別なのだから。
つまり、男性については反対解釈がとられているのである。

どのような場合に類推解釈をとり、いかなる場合に反対解釈をすべきかはいちがいにきめられないことであるが、だいたい、その規定が網羅的・限定的であるときは反対解釈をするのが一般であり、
その規定が例示的であるときは類推解釈をすべきであろう。

類推解釈をすべきか、反対解釈をすべきかということはとどのつまり、準拠しようとする規定がなぜ設けられているかという立法の合理的なよりどころをさぐり、それによって判断しなければならないのである。
なお、人を処罰したり、人に義務を課すこととなる法律や規定の場合には、個人の自由に対する侵害となるのであるから、特に類推解釈は慎重の上に慎重であることを要する。
犯罪の要件を定める刑罰法規においては類推解釈の余地はほとんど認められない。

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【勿論解釈】

ある事項については規定があり、他の事項に関しては規定がない場合に、後者については当然のことと考えられて、規定がおかれなかったのだというときは、前者の規定の趣旨をより一層、強い理由のもとに後者の事項にもおし及ぼして解釈することが許される。
これを勿論解釈という。
明文の規定はないけれども、それはあまりに当然で、もちろんのことだという場合にとられる解釈態度である。
いいかえれば、勿論解釈というのは文句なしに類推解釈をとりうることが明々白々の場合にとられる解釈なのであり、それは類推解釈の一種と考えてもよいのである。

民法738条は成年被後見人が婚姻するにはその保護機関たる成年後見人の同意を要しないものと定めている。
民法上、制限能力者はこの成年被後見人のほか、被保佐人や被補助人というのがある。
そこで、成年被後見人でさえ婚姻をするには後見人の同意が不要なのであるから、ましてや被保佐人や被補助人の婚姻についてはその保護機関たる保佐人や補助人の同意を要しないことはもちろんであると考えることができる。
被保佐人や被補助人の婚姻と保佐人や補助人の同意ということについては規定はないけれどもこう解することは当然として許されよう。
これが勿論解釈なのである。

法律の解釈というものは実際にはまことに難しい。
以上にみたいろいろな解釈方法もそのすべてがあらゆる場合に常に正しく、万能であるというわけではない。
ケースケースに即応して臨機応変、具体的な事情に応じ、もっとも妥当な解釈方法をとらなければならない。