みんなの就職活動 家族本位の住宅思潮:職(仕事)と住の分離

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みんなの就職活動 家族本位の住宅思潮:職(仕事)と住の分離


みんなの就職活動 家族本位の住宅思潮:職(仕事)と住の分離


「家族本位の住宅思潮」についてのお話です。

 話は明治時代にさかのぼりますが、この時代の終わり頃の日本では、
近代資本主義の急速な発展によって、都市部にいわゆる「給料取り」(サラリーマン)が
増加していました。
この新しい職域の人々は江戸時代の町民のような家職を持たず、
住まいとは別の場所にある工場や会社に就職活動して働き、賃金や給料を得るという
新しいライフスタイルを持っていました。
この場合の住まいは仕事場がない「専用住宅」ということになります。

 このような「職」と「住」の分離の関係が、「住居を憩いの場と考える」という風潮を呼び、
それがさらに発展して、「住居は自らの生活を楽しむ場である」べきだという
考えになっていったのです。
そして、このような社会階層は、明治末から続く大正期に、都市に急増しました。

 さて、この生活構造の変化は、旧時代以来の「接客本位」の住み方を、
「家族本位」の方向に改めようという風潮を呼びました。
 そして、この風潮にのって、住宅改良同盟や生活改善同盟が各界の有識者の賛同を得て、
活発にし、当時の「住宅誌」などを通じて「接客本位から家族本位へ」、
「日本の将来を担う子ども本位の住宅を」、「和洋二重生活の解消」などを
提唱しています。
この住宅改良同盟等は、橋口信助というアメリカ帰国者が、
都市中流階級の生活啓蒙のために設立した組織であることは、
ご存知の方も多いと思います。

 そして、第1次世界大戦も終結し、一時的な好景気に沸いた平和ムードの中で
世界平和博覧会が東京で開催されましたが、そこには「文化村」と称する14戸の住宅の
実物展示コーナーがあり、いす式のリビングルーム、近代化・合理化されたキッチン、
浴室などが提案されたという記録もあるのです。

 また、大戦後のヨーロッパの思想傾向を反映したいわゆる「大正デモクラシー」の
時流ももたらされ、これが当時の住宅思潮の背景になったということも言えるでしょう。
ここにアメリカの工業技術に触発されたヨーロッパの近代建築運動や合理主義の波が加わり、
住宅の間取り、造形、設備の近代化などに直接影響を与えていきました。

 そして、このような流れの中で、家族の便利さ、部屋の独立性を保てる「中廊下式の住宅」が
昭和10年頃までにたいへん普及したということも、うなずけることだと思います。